ようこそアムテック史料館へ
この史料館は平成 20(2008)年4月にアムテック本社事務所一階に記念館コーナーとして開設しました。
その前年に設計倉庫の片隅で大正時代建造の貨物船を始めとした多くの船舶の一般配置図原紙が埃をかぶっているものの、ほぼ無傷の状態で保管されているのを当時の社長
山上が見て、これは何とか後世に残さなくてはと開設したのが始まりで、
その後造船資料保存委員会と連携をとりながら資料整備を行い現在(2017年時点)に至っています。
アムテックの歴史は明治 40(1907)年3月に兵庫県播磨地方の一漁村であった相生に播磨船渠株式会社が設立された事に始まります。
その後、鈴木商店の時代、神戸製鋼所の時代から太平洋戦争を経て、昭和 35(1960)年12月に株式会社播磨造船所は石川島重工業株式会社と合併して石川島播磨重工業株式会社(現(株)IHI)となり世界最大の進水量を誇る造船所となりました。
オイルショックを経て二度にわたる造船不況の後、平成 2(1990)年4月、相生の造船部門は分社化しIHIアムテックとして発足しました。
平成 14(2002)年10月にIHIの造船部門全体が分社化しIHIMUとなりその後、
平成 26(2014)年1月にIHIMUとユニバーサル造船の2社統合によりJMUとなりましたが、この時に社名をIHIアムテックからJMUアムテックと変更し現在(2017年時点)に至っています。